「ねぇ、あたしがやったげようか?」
EX『ただ、ここにいて。』
「じゃあ三蔵、買い物に行って来ますから。留守番、お願いしますね。」
宿の部屋で、三蔵が1人茶をすすりながら新聞を読んでいた。そこへドアを開けて八戒が彼に話しかける。どうやらいつもの買出しに出かけるようだ。すぐ後ろには悟空、悟浄も控えている。さすがにあれだけの荷物を八戒1人で宿まで運ぶのは到底無理な為、彼ら二人も行く事になる。
だが三蔵だけは、いつもと変わらず宿で留守番。これもいつものこと。
「あぁ、行って来い。」
「そういえば八戒、ドコに行ったか知らねぇ?さっきから探してんだけどいなくてさ・・・トイレかな?」
「悟空、今はアイツの話はやめとけ。今出てこられたらマズイ、昔っから言うだろーが。ウワサをすればなんとかってな。」
「何でだよ、悟浄?」
「悟空、忘れたんですか?この前買出しに行った時のこと。街でヤクザに絡まれて、逆にがキレて顔も見られなくなるほどボコボコにしたじゃないですか。しかもその後大事になってその街の警官に傷害罪で追われるハメになって、僕らまで捕まるところだったんですよ。」
「あ・・・そういえば・・・」
「俺もう罪もねーのに男に追われるなんてゴメンだぜぇ?女に追われるのは慣れてっけどな♪」
「フン、言うほどモテねー河童が何を偉そうに。ゴキブリは殺虫剤にでももまれてるのがお似合いだ。」
「ハン!!童貞坊主には一生分かってたまっかよ。いい女達に追われるってのは快感だぜ〜オイ悟空!!今度お前にサルでもできるナンパの仕方、この俺様が伝授してやるよ。」
「悟浄、またそんな事言ってるとのカミナリが落ちますよ?ホラ、そのカミナリが来ないうちに行きましょう。には悪いですが、しばらく外での買い物は自粛してもらいましょう。昨日のような事になったら本当に冗談じゃなくなりますから。」
「だな、んじゃ行くか。」
「三蔵、何か欲しいものあるか?」
「酒、上等なヤツを買って来い。それまでは帰って来るんじゃねぇ。」
「それが人にモノを頼む態度かよ・・・」
三人が出て行って、ただ1人部屋に残った三蔵に静かな時間が流れる。
少し冷めた残りの茶をすすりながら、再び新聞に目を通す。
だがそんな静かな時間も、次に部屋に入ってきた声にあっけもなく壊されることになる。
「三蔵!!八戒達はドコ!?」
先ほどまで話題に上がっていた渦中の、超危険人物であるであった。女の子とは思えない程乱暴に部屋のドアを開けた彼女を目にして、眼鏡を外しながら珍しく最高僧が溜息をこぼす。
「お前なぁ・・・ノックくらいしたらどうだ。全く、女とは思えんな。」
「坊主どころか人間の風上にもおけない危険人物にそんなコト言われたくないね。んで、質問に答えて。三人はドコ?」
お前はそれに超、いやバリが付くほどの危険人物だろ・・・そう三蔵は言おうとしたが、さらにやっかいな事になると思い言葉を飲み込んだ。バリ短気な彼にしては我慢した方だろう。
「八戒が河童とサルを連れて買い物に出かけた。買出しだ。」
「フーンそう・・・って置いて行ったな!!あーーーもう!!マジ腹立つ!!この前みたいなチンピラが居たらまたボコってやろうと思ってたのに!!・・・って事は、あたし三蔵と二人っきりで留守番!?・・・最悪。」
「それはこっちのセリフだクソ女!!元はと言えば貴様が大人しくしてねぇのが原因だろうが!!」
「何ィ!?あたしが悪いっての!?アンタドコに目ェついてんのよ、冗談は顔だけにしてよね!!」
「この俺の顔のどこが冗談だってんだアァ!?貴様がドコでどう暴れようが勝手だがな、俺達まで巻き込むんじゃねぇ!!」
「アンタ達が勝手に巻き込まれてるだけでしょ!?被害妄想もたいがいにしろこのクソ坊主!!」
静かだった空気が一変して険悪なモノに変わる。二人の怒鳴り声が部屋中に響いた。おそらく宿の主人にも筒抜けだろう。
思い切り言い合って、ゼーハーゼーハーとお互い息を切らす。三蔵からしたら、絶対に他の三人には見せられない光景だろう。
全く、コイツといると調子が狂う。
「チッ、やめだやめだ!!貴様のくだらん話に付き合ってる程、俺は暇じゃねーんだ。暇ならその辺の河童かサルでも捕まえて来い!!」
「だーかーらー、その河童もサルもいないんだってば!!あーーーもう退屈〜〜〜!!」
部屋に備え付けのイスに座ったは、足をバタバタさせ上を向いて大きな瞳を閉じて嘆く。どうやら本当に退屈らしい。
嘆くを無視して、ベットに座った三蔵が何かを懐から取り出した。ハリセンでも出てくるのかと思いきや・・・。
彼が取り出したのは、愛用の耳掻き。
するとそれで三蔵は耳の掃除を始めた。タバコを吸っていない時以外ごくたまに彼はこうやって掃除をする。
そしてその姿を見るたびには思う。
「ホンット・・・・・マジ似合わねぇ・・・・」
「・・・何か言ったか?」
「いーーーっぇ!!何でもありませぇん!!」
思わず思ったことがそのまま口に出てしまった。それを聞いた三蔵は当然を睨みつける。
しかし思わず口に出してしまう程、似合わないことこの上ない。三蔵と耳掻き。
彼が掃除している様子をじっと眺めながら、は考えた。
なんっか、手つき危なっかしいんですけど・・・。
前々から思ってた、この男。銃はドンピシャで外さない、それもうまく悟浄や悟空の頭をかすめて襲いかかって来る妖怪を仕留めるほどの腕前。最初に彼が銃をぶっ放しているのを見た時、坊主が銃を持っているという事実よりも彼のその射撃の上手さに驚いたものだ。
絶対外さない、今まで一発でも三蔵の弾が妖怪を射抜かなかったことなど一度もない。
だがその彼が今目の前で、小さな木の棒に苦戦している。なんというミスマッチだろうか。
そして次に、そんな彼にが放った言葉は・・・。
「ねぇ、あたしがやったげようか?」
・・・その彼女の一言に、三蔵の眉間の皺が普段の2割増しになったその瞬間を、その原因であるは見逃さなかった。
先ほどよりもいっそう険しい表情で、三蔵はを睨みつけてこう言い返した。
「一体何の冗談だ?貴様が何をやるってんだ?」
「だーかーら、あたしがやってあげるって!!耳掃除!!なんかもう、危なっかしくて見てらんないのよね〜、ホラ、こっち座って。」
「なんで俺がそっちに座らなきゃならねーんだ、冗談は顔だけにしろこのタコ。」
「さっきあたしが言ったことまーだ気にしてんの?あんたが来ないんならあたしがそっち行ったげる。大丈夫、あたしこう見えても上手いんだよ〜安心して任せてくれてオッケー♪・・・隣失礼。」
「テメェ!!何にも言ってねーのに勝手に来るんじゃねーよ!!離れろ!!」
「ヤダ、っつーかもう決めた。やらせてくれるまでは絶対ここから離れないから。いいの〜?朝までだってココにいるよ?」
「なっ・・・」
「帰って来た三人に何て言われるかなぁ〜三蔵サマ?残りの二人はともかくも八戒のイヤミ炸裂は間違いないんじゃない?『僕らが誰の為に買出しに行って来たと思ってるんです?いつから三蔵法師は女性に奉仕されるようになったんですか?いいご身分ですね〜』とか笑顔全開で言われるのは間違いないんじゃないー?」
「・・・アイツなら言うな。」
「でしょーーー!!っつーワケでぇ、とりゃ!!」
「!?バカ、何を・・・」
三蔵の言葉が途切れるその前に、隣にいつの間にか座っていたが思い切り彼の手を掴んで自分の膝元へ引き寄せた。
勢いよく倒れ、三蔵の顔がの太股に直撃する。
「テメェー痛てぇじゃねぇか!!何しやがる、離せ!!」
「いーーーから黙って。あんまり暴れると耳の奥の方が傷つくよ?・・・お、あったあった。」
「って人の話聞けよ!!シカトこいてんじゃねぇこのバカ!!」
頭を強く抑えられ、一歩も身動きがとれない。
必死に抵抗しようにも、いつも妖怪達との毎日の戦闘は銃である三蔵には、並みの男性以上の力を持ったには敵うはずもなかった。
何せ複数の大男に自分1人が囲まれようが、どんないかつい男が目の前に立ちふさがろうとも一歩も引かない彼女だ。
引くどころか、逆に売られたケンカは倍以上にして返す女。抵抗しても無駄だろう。
「・・・チッ、とっとと終わらせろ。大人しくやらせてやる。」
「それが人にモノを頼む態度なワケ?お願いしますとかウソでもいーから言えないの?」
「お前悟浄と同じ事言ってんじゃねぇよ、クサレ河童と同レベルってか?救いようがねぇなバカ女。」
「アンタみたいな非道残虐坊主に救ってもらおうなんて思わないね。それならさっさと舌噛んで死んだ方が全然マシ。」
「ならさっさと死んじまえ。もっとも俺は、誰も救わねぇがな。」
「・・・自分は?」
「あぁ?」
膝枕の体制で横になった三蔵の耳を掃除しながら、がボソリと呟いた。いつも自信満々に何でも言う彼女にしては珍しく弱気だ。
だが三蔵はそのまま、若干表情を曇らせて話を聞いていた。
「・・・・・前に言ってたよね?『俺は誰も救わない。』って。なら自分はどうなの?」
「・・・何を言っている?」
「三蔵は、誰かに救われたいと思ったことある?それとも、誰かに救われたことある?」
「・・・・・」
「あたしは、たくさんあるよ。もう何度も。生まれてから今までずっと生きてきて、色々なモノ見てきて。キレイなモノもあれば、そうじゃない汚いモノもたくさんあった。情けない話だけど、それからどうしようもないくらい逃げたしたくなってこの世から消えちゃおうと思ってた頃もあった。」
「・・・・・」
「でもその中で、すぐ側にいつも光があったんだ。その光にいつも救われてた、その事に気が付いたのは実はココに来てからなんだけどね。・・・今更気がついても遅いんだよね、ずっと側にいてくれたのに・・・ずっと・・・」
「・・・遅かねぇよ。」
「え?」
「貴様がここに来たのは一体何の為だ?誰の為だ?それをよく考えろ。」
「そんなの決まって・・・」
「分かってるならそいつの為に今何が、これから何ができるかその足りない頭で考えるんだな。」
「!?足りない頭ってのは・・・あたしのコトを指していらっしゃるのかしら、三蔵サマ?」
「この部屋に貴様と俺以外誰がいるってんだ?」
「人が珍しく真面目に話してるってのにコレかよ・・・こんないいかげんなヤツに相談したあたしがバカだった。」
「だが、誰かに救われたいと思うのはお前が人間なら当然のことだ。もちろん俺もな。」
「三蔵もあるワケ?そう思ったこと・・・」
「当たり前だ、三蔵法師も所詮は人間だからな。もっとも、妖怪だろうが人間だろうが救いを求めることはごく自然なことだ。生きている者なら誰しもそう思うのは当然だろう。それは・・・今そこに生きているヤツしかできない。」
「生きているから、救われたいと思う・・・誰かを救いたいと思う・・・」
何でこの男の言葉は、こうも心に直に響くのだろうか。
服装以外はとても坊さんとは無縁の外見、口を開けば死ね、殺す。すること成すこと坊主どころか人間の風上にも置けないヤツだけど。
でも響く。迷っていた自分の心に、新しい風が吹くみたいに。
「それが一番大切だと思っているヤツならなおさらだ。違うか?」
「違わない・・・」
「ならやりたいようにやってみろ。今までそいつに救われたと思うなら、今度はお前がな。・・・お前なら、それができる。」
「何を根拠にそんな・・・」
「少なくとも、お前の唄にはその力がある。きっと今まででもその唄に救われたヤツが居るはずだ。」
「三蔵・・・」
「それに俺は、お前の唄は嫌いじゃない。」
嫌いじゃない。
まさかこの男が、こんな言葉を口に出すなんて。
本当に驚いた、普段からの大きい瞳がいっそう大きく開く。
「ククク・・・・・」
「何がおかしい?」
「アンタってさぁ、全く坊主とは程遠いんだけど、外見はね。でも中身は坊主以上に坊主だわ。」
「ワケの分からん事ほざいてんじゃねぇ、オイ、終わったのか。いいかげん離れろ。」
「あ、うん終わったよ。やーーーっぱたまってたねぇ、いつも掃除してた割には〜ヘ・タ・ク・ソ♪」
「・・終わったらいいかげん出て行け、俺は少し寝る。疲れてんだ、オラ行け!!」
「あぁーーもうそんなに急がせないでよ!!分かった分かった!!」
全くこの男は。礼の一つも言わないで・・・最初から期待しちゃいないけど。
そう言おうとしたが、は言葉を飲み込んでドアへ向かい出て行こうとした。でももう一言だけどうしても言いたくて、扉の前で立ち止まる。
「ねぇ三蔵、いっつも気ィ張ってんのはいいんだけどさ、たまには今みたいに誰かに体預けてもいいんじゃない?」
「・・・何が言いたい?」
「うーーーんっとね、だからつまり・・・」
「たまーにだったらさ、あたしには好きなだけ噛み付いていいよ?」
細めに開いていた三蔵の紫暗の瞳がハッと大きくなった。
横になっていた体を起こして、思わずドアの前の人物に目を向ける。
今、なんて言った・・・・・?
「なーーーーんてね、そんなの人それぞれだもんね。よけいなお世話だったな、今の言葉忘れて、んじゃオヤスミ〜。」
「あぁ・・・」
その言葉を最後に、が静かに扉を閉める音がした。先ほど乱暴に入ってきた時には考えられない程、静かな音を立てて。
さっき自分が言ったことをちゃんと聞いていたのだろうか。
いや、そんな事よりも。
噛み付いていい・・・?
アイツ、意味分かって言ってんのか。噛み付くってその意味を・・・。
1人静かになった部屋のベットに再び横になる。天井を見上げながら、1人残された部屋で彼は呟いた。
「分かってるわけねーか、あのバカが噛み付くって意味なんか。」
彼の頭の中を、さっきのの言葉が駆け巡る。何も知らないガキがケンカの途中で噛み付くのとは違う。
絶対に、違う。
でももし、彼女がその意味を分かっていてそう言ったのなら・・・。
「・・・次は好きなだけ噛み付いてやるよ、覚悟しとけバカ女・・・・・。」
全く、本当にアイツといると調子が狂う。いつもの自分じゃいられなくなる。
他の三人には絶対言えない。言えるわけがない、絶対に。
『好きなだけ噛み付いていい』なんて、そんな言葉。
-Fin-
----------------------------------------------------------------------------------
あとがき
・・・偽者だ、間違いなくこの最高僧は偽者だ。
偽者すぎる、こんなのヤツじゃねーーーーーーーーー!!(自分で書いといて・・・/笑)
だいたいあのヒネクレ者がすんなりとやらせるわけがない!!
ドリームを書くと決めたその日から、三蔵か悟浄で書きたかった「耳掃除ネタ(または膝枕ネタ/笑)」なんですけど・・・。
結局何が言いたかったのか分かりませんな、こんなのドリームでも何でもねぇよ・・・(泣)
とかなんとか言ってますが、自分的には結構気に入ってたりします♪
♪今回のBGM、坂本真綾の「ヒーロー」。
『みんなには内緒にしておいてあげる ヒーロー 好きなだけ 噛み付いていいよ』。
君と過ごす奇跡のような昼下がり・・・そんな感じをイメージしたくて仕方なくて。歌程は甘くなりませんでしたけど。(笑)
三蔵がヒロインにとっての『ヒーロー』になる日は来るんでしょうかね・・・(←そんなの絶対無理だって/笑)
|