―――――貴女と僕の間にも、”永遠”なんて存在しない。






EX 『”永遠”の遥か先にあるもの。』






「どりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



悟空の声が夜の森の中で響く。普段のように刺客に襲われ、次々と倒して行く彼らと彼女。
先頭切って戦っていたのはやはり戦闘能力では一番秀でた最少年の金目の少年。
そのすぐ後列の位置で短剣を振るっているのが、可愛らしい外見からは想像もできない程の強さを持った

恐れることなく向かってくる刺客を切り刻んでいくその様は、まるで鬼か阿修羅のようだ。
だがそんな彼女の一瞬の隙を、頭の良い刺客が突いた。

の背後を上手く取った妖怪は、彼女の背中に切りかかった。



「ひゃーーーはっはっはっはっ!!死ねえぇぇぇぇ!!!」
「っ!?」



”間に合わない”と彼女が悟り、目を閉じようとしたその時、横から気功法のような衝撃波が妖怪の身体を貫いた。
それが飛んできた方向を見ると、笑顔で答える八戒の姿があった。どうやら彼に助けたれたようだ。



「間一髪でしたね、。大丈夫ですか?」
「・・・・・・・フン。」



は助けてもらった事に礼も言わず、その辺りを見渡した。見るとすでに刺客はすべて地に切り刻まれ、1人として残ってはいない。
どうやらすべて片付いたようだ。

するとすでに口癖として彼に定着した言葉を悟空が漏らした。


「だーーーっ!!やっと終わったぁ、もぅ俺ハラへってマジ死にそう!!なぁ八戒、この近くに村とかねーの?」
「そうですね・・・地図によるとここからまだ近くの村まではだいぶありますから。今日はもう夜も遅いですし、野宿決定ですね。」
「うえ〜〜〜俺、明日の朝になったらマジで腹減りすぎて餓死してるかも・・・。」
「一日や二日食わなかったぐらいで死ぬわきゃねーだろ。サルはそのへんの草でも食ってしのいどけ。」
「草!?食えるぐらい旨い草ってあんの?どこどこ?食える草どこにあんだよなぁ!!」
「・・・・・アホ。」
「貴様がサルの事言えた義理か。どいつもこいつもバカばっかりだ。」
「全くだわ。・・・ふぅー・・・さて、と。」


するとは彼らがいる場所よりさらに森の奥深くへと足を向けた。そんな彼女に一行の保護者役である八戒が声をかける。



?どこへ行くんですか?そっちは森・・・」
「分かってるよ。ちょっと1人になりたいから出てくる。じゃね。」
「1人でなんて危ないですよ、僕も一緒に付いて・・・」
「あたしが1人でどこに行こうとアンタには関係ないでしょ。すぐ戻るから、あたしのことはほっといて。」


厳しい口調と冷めた目つきでそうあしらわれ、さすがの八戒も次に言葉を返す事ができなかった。
黙っての後ろ姿を見送る八戒に、悟浄と悟空が疑問を投げかける。



「なぁ〜俺前ッ前からスッゲェ思ってたんだけどさ、って八戒だけにはなんか冷たくねぇ?厳しいっていうかなんて言うか・・・」
「それは俺もサルに同感。なぁ八戒、お前アイツになんかしたんじゃねぇの?二人っきりになった隙に襲おうとしたとかよ?」
「貴様と一緒にするな。だが、はぐれて後々何かあったらめんどうだ。オイ八戒、あのバカが遠くに行かないうちに探して来い。」
「ええ、分かっています。すぐに戻りますから、さきに休んでてください。



そう言うと八戒は、が1人になりたいと言って消えていった森の奥深くへと自分も入っていった。
その八戒の消えていく後ろ姿を見て、悟空がさらに呟く。



「なんで、八戒にだけにはあんなに冷たいのかなぁ。八戒誰にでも優しいから絶対嫌われることなんてないと思うのに。」
「ま、もしかしたらそれが原因なのかもしんねぇな。男と女の間ってのは深ェからよ。」
「何だよそれ?どういうことだよ?」
「サル頭には一生かかっても分かんねーよ。男女のイロイロってのはそう簡単に理解できるモンじゃねーのよ、おサルちゃん??」
「ムッ、バカにすんなよな!!俺だってそんぐらい理解できるぞ!!」
「おーおぉ、サルが虚勢張っちゃってカワイイじゃねーの。で、これからどうすんだ三蔵?」



悟空をからかっていた悟浄が三蔵に会話の方向を変える。ジープに戻ろうとしていた三蔵は足を止めた。
足を止めたが悟浄の方には振り向かずに愛用のマルボロに火をつける。付近にタバコ独特の匂いが立ち込めた。
その紫煙を吐き出しながら、やっと三蔵が言葉を返した。



「どうするも何もねーよ。今日はここで休む、それだけだ。」
「・・・お前ね、心配じゃねーの?あいつ等二人っきりにしちまって。ちょっとは慌てたらどーなの?」
「フン、貴様がしてるのはどっちの心配だ?1人になりたいと勝手に消えたか、それともそれを追いかけて行った八戒か?
どちらにしても俺が心配することじゃねーんだ。いいからとっとと寝ちまえ。」
「そう言ってる割には普段よりだいぶ眉間に皺が寄ってるぜ、三蔵サマ?俺、お前と違って新聞読む時メガネかけたりしねーから、視力いいんだよなぁ〜。」
「貴様が新聞なんぞ読んだらそれこそ世界が終わるな。不吉な事ほざいてんじゃねぇ。」
「あ、ばれた?ま、辺り一面真っ暗だしよ、俺らが動いたらそれこそ危ねぇわ。待ってんのは症に合わねーんだが、仕方ねぇな。」
・・・八戒・・・。」




◆◆◆




一行と離れたは、だいぶ森の奥深くまで来ていた。一体どのくらい歩いただろう。
そう思って歩いていた足を止めると、月の光がちょうど上手い具合に木々と木々の間に差し込んで、少し明るい場所に出たことに気が付いた。

上を見上げると爛々と輝く月がそこにあった。遠い存在だと思っていたそれが、今日はやけに近くに感じられる。
目を覆いもせずまっすぐに見上げて、は呟いた。



「・・・・・月って、こんなに近かったっけ・・・。」



そう呟くと、近くで木を折ったような物音がした。その音に瞬時に反応した彼女は、すぐさま腰にかけていた短剣を手に取る。
後ろを振り返りその方向を見ると、どこかで見慣れたスラリと長い足が徐々に見え始めた。

邪気ではない、と悟ったが見たのは、笑顔のよく似合う青年の姿だった。
どうやら追いかけて後をつけてきたらしい。

その青年の姿に少し安堵しただったが、手にして構えた剣を再び鞘にしまう事はなかった。
そんなの様を目にして、現れた八戒は少し苦笑いしながらこう言った。



「良かった、ここに居たんですね。やはりこんな夜遅くに女性一人を出歩かせるのは危ないと思いまして、辺りも真っ暗ですし。
心配して後を付けてきたんです。・・・お邪魔でした?」
「自覚あるなら付いて来ないでよ、一人にしてって言ったよね?人の話聞いてた?」
「ええ、でも貴女のことが心配だったんで。・・・あの、警戒する気持ちは分かりますが、その危ないもの、しまって頂けますか?
貴女にそんなもの向けられてるだけで胸が痛むんですよ僕。」
「そんな笑顔で胸が痛むとか言われたって、全然説得力ないんだけど。そう思うならもっと悲しそうな顔したら?」
「おや、心外ですねー。僕元々こういう顔なんで、これ以上変えようがないんですよ。それに貴女を連れて帰って来いと、三蔵に
言われているんです。貴女が戻らないなら僕も一緒に付いて・・・・・」



笑顔で話す八戒の言うことなどよそに、が目の前の青年目掛けて剣を降りかざしてきた。
なんというスピードだろう、気には人一倍敏感な八戒が全く悟れなかった程の速さで、前に移動してきたに気が付いたのは、
自分がいつの間にか彼女によって木際に追い詰められていると自覚した直後だった。

あまりに一瞬の出来事に、流石の八戒も言葉を失い、身動きが取れなかった。
彼の端正な顔のすぐ横の木に、の愛用の短剣が突き刺さる。幸い八戒の顔には傷一つ、血が少しも流れていない。
どうやら本気で傷つけるつもりはなく、威嚇しただけのようだ。
自分の顔のすぐ横に突き刺さる剣を横目で見ながら、先に八戒が言葉を発した。その表情にはやはり笑顔が垣間見える。



「やっぱり他の誰よりも、貴女に剣を向けられるのは胸が痛みますねー。・・・どうしてこんな事を?」
「―――何度も同じ事を言わせないで。もっと頭の良いヤツかと思ってたけど、そうでもないみたいね。悟浄達にちょっと毛を生やした程度、かな?」
「僕はバカじゃありませんよ、少なくともこんなことをする貴女よりは、ね。その言葉、そっくりそのまま返してあげますよ。」
「・・・そういう事を表情一つ変えないでさらりと言う、その顔が気に入らないのよ。善人ぶって誰にでも良い顔してれば良いと思って・・・!!バッカじゃないの!!」
いいからあたしの事はほっといて、次近づいたら冗談じゃなくアンタの全部を血に染めてやるから。」
「女性がそんな怖い事を言ってはいけませんよ、。・・・前々から薄々思ってはいたんですが、もしかして貴女、僕の事お嫌いですか?」



するとは八戒の端正な顔の前に自分の顔を近づけた。自分の心が少なからずとも波打っていることを、八戒は感じていた。
後ろから誰かに背中を押されでもしたら、唇と唇が重なってもおかしくはない程の距離。

それに全く構うことなく、冷ややかな瞳とそれと同様の声でが返した。



「―――嫌いよ。大ッ嫌い。アンタみたいな偽善者、視界に入れるだけで虫唾が走る!!その顔を苦痛と恐怖で歪ませたくなるから・・・!!
二度とあたしに近づかないで、あたしはアンタが嫌いッ!!」



そう耳元で囁くように言うと、木に指していた剣を手馴れた手つきで抜き、八戒から少し離れてやっと自分の腰元の鞘に収めた。
その様子に八戒は安堵しながら、もたれていた木から身体を離した。

乱れた首元を直しながら、八戒は落ち着いてこう返した。



「それが貴女の本音ですか、やはりそうだったんですね。でもどんな気持ちであれ、貴女の本心が聞けて安心しました。
その藍色の瞳には僕はそう映っていたんですね。正直に言ってくれてありがとうございます。」
「・・・ケンカ売ってるなら買うけど?それともそれって天然?」
「まぁまぁ。そうだ、。僕、ここに来る途中にいいものを見つけたんですよ。何だと思います?」
「いいもの・・・?」
「貴女が絶対に喜ぶものですよ。ふふっ、温泉、好きでしたよね?」





◆◆◆





先ほど来た道を少し戻り、そこから西へ歩くと、二人の眼前にはなんとも珍しいものが広がった。
目の前に広がるのは湯けむりが立った無人の温泉。こんな場所にありそうでなさそうな珍しいものである。
自分が全く気がつかなかったというのに、なぜ後をつけてきた八戒がこの温泉の存在に気がついたのだろうか。
その理由は定かではないが、にとってはそんな事は二の次であった。

目の前のとびきりの温泉を前にして、が歓喜の声を上げた。



「うっわー!!温泉だ!!何でこんな所にこんなものが・・・。」
「どうやら、ここから一番近い街の領主が、旅人や森に迷い込んだ人の為に無料で貸し出している温泉みたいですね。次の街ですから、
入ったらちゃんとお礼を言わないといけませんね。
「入ったら、でしょ。誰もまだ入るなんて言ってない。」
「でもこんな立派な温泉、なかなかお目にかかれるものではありませんよ?それをうっかり見逃す、貴女じゃありませんよね?」
「・・・・・・。」







八戒に促されたから、というわけではないが、目の前の大の好物を逃すわけにはいかなかったは、少し迷ったが温泉につかることにした。
好きだという理由もあるのだが、何よりここのとこジープで移動しっぱなしで風呂やシャワーなどご無沙汰だった。
一行四人なら男だからまだ平気だろうが、さすがには女だ。一日でも身体をキレイにしなければ、気になって仕方がない。

が服を脱いで湯に浸かるまで、八戒は近くの木にもたれて背を向けて、彼女の姿が決して見えないようにしていた。
が何度帰れと言っても帰らない。どうやらこの場で見張ることにしたようだ。
彼女が中に入ってもその態勢を崩すことなく、ずっと背を向けていた。

あまりにも気持ちよかったのか、
またしても感嘆の声を上げた。



「〜〜〜っ!!気持ちぃ〜。

どうです?気持ちいいでしょう?
「うん、最高。皆も連れて来れば良かったかも。」
「ははっ、それはさすがに無理でしょう。貴女と一緒に入るわけにはいきませんよ、もっとも僕はそれでも全然構わないんですがねvv」
「っ・・・!?」



八戒の言葉に、思わずは両腕で身体をガードした。湯の中に浸かっており、湯気もかなり辺りに立ち込めているのではっきりと身体は見えない。
だが水のバシャッという音が聞こえたので、思わず八戒はクスリと笑った。

この男、一体どこまで本気なのか。



「やだなぁ、半分は冗談ですよ。でも全部本気にとってしまう所が貴女のカワイイ所ですね、。」
「―――アンタが言うと冗談に聞こえないのよ、八戒。・・・いつまでここにいるつもり?あたしがこんな格好だからって何かしようとしたら許さないから。」
「もしこの状況で刺客に襲われでもしたら
いくら貴女でも防ぎきれないでしょう?それにの裸を、他の誰の目にも触れさせたくないんです。」
「そんな言葉に騙されるようなあたしだと思う?少しでも近づいたら刀のサビにしてやるからね。」
「大丈夫ですよ、そんなに心配しなくても。―――どの道、僕はもう誰も抱けませんから・・・・・。」



刺客の来襲の備えてすぐ近くに短剣を置いてある事を確認しただったが、八戒の最後の言葉には反応せざるを得なかった。
その言葉に疑問を抱いて、木の向こうの男性に質問を返す。



「誰も抱けない・・・って、何よそれ?どういうこと?」
「言葉の通りですよ。・・・前に、言いませんでしたか?僕は3年前までは人間で、1000の妖怪を殺したから妖怪になったのだと。
その妖怪達を殺した血で、僕の手は汚れてしまっているんです。血と罪で汚れきったこの手で、大事な人を抱く事なんてできない。」
「八戒・・・・・。」




先ほどまで明るかったその声が、段々と暗くか細いものになっていっている事には感づいていた。
だが彼の名前を呼んだ後はただ黙って、次の言葉を待つことにした。



「誰の目にも見えないでしょうけど、僕のこの両手は赤く染まっているんです。血を洗い流せた今でも、僕の目には見えています。
人の血と、妖怪の血が・・・。」



彼が言う人間の血と、妖怪の血・・・。には、その意味がよく分かっていた。
本人の口からは今まで直接聞いたことはなかったが、旅をしてしばらく経ったある日、悟浄が何気なく話してくれたことがある。

(お前も事情を知っといた方が、アイツにとってもいいだろうからよ。)
になぜ話したのか、理由は定かではないが、悟浄なりの親友である八戒への気遣いだったのだろう。
普段は他人に干渉することもされることも嫌う彼が自分から話したことに、も心の中では驚きを隠せなかった。

自分達、最高僧である三蔵以外は皆、妖怪の血が流れていること。
自分は半妖という中途半端な存在であり、そして八戒は妖怪の血を浴びて”人のカタチ”を失ったのだということを。


だがその話を聞いても、事実を知っても、別段どうということはなかった。
ショックを受けたとか、軽蔑したとか、そういう感情を持つことも全くなく。
ただその時、悟浄に返した言葉は一つだけ。






「それがどうしたっての??」



そして今この時も、自分でも無意識的に、木の向こうで背を向ける男性にはこう答えていた。
の意外な返答に、八戒は下を向きかけていた顔を上げた。



・・・?」
「アンタ、血で汚れてるから自分は誰も抱けないんだって言ったよね?あたしに触れられないんだって言ったよね?
でもそれがずっと、永遠に続くとでも思ってんの?」
「そんな事は思ってません。ただ僕は・・・一番大切な人を守れなかった。大切だったあの人を、双子の姉を好きになった日に、
抱いた日に自分に誓ったんです。”永遠が続く限り、この大切な人を守りきる”と。」
「自分に誓った・・・?」
「ええ、でも僕は守れなかった―――そして殺した。」



八戒の声が、先ほどにも増して段々とか細く小さくなっていくのを、は感じた。



「八戒、アンタ・・・・・」
「すみません、。貴女の疲れを癒してあげようと思ってここを案内したのに。こんな暗い話をしてしまって。でも、一つだけ言わせてください。
僕がいつも笑顔でいるのは、確かに貴女が言うように創っている様に、嘘の様に見えるのかもしれない。でも僕は、いつでも笑顔で微笑んでいたいんです。
―――もし次、大事な何かを失っても、流す涙を笑顔で隠す事ができるから―――――。」





胸が、強く、ただ強く締め付けられる。周りの木々のざわめきも、月の光の爛々とした輝きも全てが、意味を成さない。
ただが強く感じたのは、肌の隔てをもろともしない程の、彼の心の痛み。



「何であたしにそんな話を・・・。」
「さぁ、僕にも分かりません。ただ理由を考えるなら・・・”貴女がという人だから”でしょうか。」
「・・・・・。」
「・・・あ、そろそろやっぱり戻らないと。悟空達心配してるでしょうね。先に戻ってます。でも危ないですから、早く戻って来て下さいね。」
「っ・・・!!待ってはっか・・・」



彼の名を呼び、追いかけようして湯から出ようとしたその瞬間、の足元を突如ぬるっとしたものが襲い、その中へ強く引き寄せられた。
が最後に見たのは、森の奥へ再び去って行った八戒の、悲しそうな後ろ姿だった。





「きゃっ・・・・・!!」
「・・・・!?!!」



遠くで、八戒が自分の名を呼ぶのがかすかに聞こえた。足元で何かに強く引き寄せられたと思い湯の中で目をかすかに開けたが、
そんな事を考えている余裕など彼女にはない。

(ゴホッ、やだっ、シャレにならない・・・!!)


そう思ったときには、なんとか上にあがろうとして足をバタつかせる自分が居た。
だがいくら上にあがろうとしても、底の方のぬかりが彼女の足を絶対に離さない。

それでもは、必死に手を伸ばして抵抗する。

(こんなところで・・・・・ッ・・・)



必死に伸ばしたその手が、人間の温かい手を掴んだ。湯の中でもはっきりと識別できる程の、男性の温かく大きな手。

無意識にそれを掴んでやっとの思いで上にあがったが次に視界に入れたのは、誰よりも笑顔がよく似合う八戒から、
笑顔が消えた表情だった。
はぁはぁ、と息を切らして彼の顔を見ると、とてもは信じられなかった。




これが、さっきまで微笑んでいた人と同じ人だろうか。

今にも泣きそうな顔をして、表情をして、まっすぐに自分を見つめている。



「ゲホッ、ゲホゲホゲホッ・・・八・・・戒・・・?」
!!、大丈夫ですか!?水を飲んだりしていませんか??足に怪我とかは・・・!!」
「あたしはだいじょう・・・ぶ・・・。―――!?そうだっ、八戒!!」



水、というか少し湯を口にいれてしまったようだが、はすぐに目の前の男性の腕を掴んでこう言った。
その藍色の瞳はまっすぐに、一点の曇りなく緑の瞳を見つめる。



「・・・っつ、・・・痛いですから、もうちょっと優しく・・・」
「―――悪いわね、加減ってのを知らないもんだから。でも、悪いのはアンタよ、八戒。アンタが痛いと思うとあたしも痛いのよ。
こんなの自分でもおかしいって思う・・・あれだけアンタを嫌いだって言っておきながら・・・。でも仕方ないじゃない!!
アンタのそんな姿、黙って見ていられないんだから!!」
「一体、何を・・・?」
「いいから黙って聞け!!」





さらに腕に力をこめて自分を静止する目の前の少女に、八戒は思わず息を呑まずにはいられなかった。
まだ先ほど溺れかけた余韻が冷め遣らないが、必死に言葉を紡ぐ。



「何が”誰も抱けない”よ。そんな事いつ、誰が決めたの?アンタの手が血で汚れてるっていうなら・・・あたしは?今まで襲ってくる
妖怪を1人残らず手にかけてきたあたしはどうなるの?―――あたしだけじゃない、他の三人だってそう・・・誰だってそうなんだよ!!
誰だって、自分が生きるために何かを犠牲にして生きてるんじゃないの!?」
・・・僕は、僕は違うんです、僕だけは・・・」
「違わない!!八戒、アンタだって一緒だよ!!―――だってこんなに、あたしはアンタを見てると”痛い”んだから!!
違ってたらこんなに”痛い”わけないじゃん!!」
・・・。」
「ねぇ、”誰も抱けない”って事は”誰も愛せない”事と同じ事なんだよ?あたし、八戒がこれから誰も愛せないなんて思いたくないよ・・・!!
そんなの悲しすぎるじゃない!!」
「―――誰かを・・・愛する・・・。」
「それにっ、人は人を愛するからこそ生きて行ける生き物なんだよ!!愛や恋なんてものが永遠に続くだなんて、あたしだって思ってないけど・・・
そんな顔したアンタをほっとけない!!アンタの笑顔は創ったみたいで確かに苦手だけど、辛そうな痛そうな顔はもっと苦手なのよ!!
何より―――あたし自身が痛くて痛くてたまんないっ!!」



そう言葉を吐き出すと、は八戒の大きな胸に顔をうずめた。
八戒も、そんな彼女の背中にしっかりと腕を回して抱きしめる。
お互いトクン、トクンという胸の鼓動を聴きながら、ほんのしばらく時が流れた。その間が顔を上げることはなく、また八戒も抱きしめている両腕を
微動だにしなかった。

だが次の瞬間、何かがどこかでガサッと動いたような音がして、二人は同時に現実に還った。
草むらから小ギツネが出てきた。どうやらこれが音の正体のようだ。

そのまま抱きしめあった体勢でそれを目にした二人に、安堵の空気が流れる。



「なーんだ、キツネか。刺客かと思って警戒しちゃった。」
「・・・・・・・・・あの、。」
「え、何?」
「あの、確かに僕は誰も抱けない、とは言ったんですけど。やはり僕も男ですから、一応。そのー・・・さっきから当たってるんですよね、貴女の・・・胸が。」
「今更何を・・・そんな事分かって・・・って!?ちょっ、やだっ!!やっ!!」



自身が何も身につけずに、その姿を八戒の前にさらけ出している事にやっと気がついたは、反射的に湯の中へと身を隠した。
思わず女の子らしい、可愛らしい声を上げてしまった事を悟ると、湯気の中でも一目瞭然である程赤面した。

そんな彼女を見て、男としての何かを感じた八戒だったがそれをあえて抑えて彼女から離れて、振り返らずにこう言った。



「さぁ、本当にいいかげん早く戻らないと、三蔵が怒り出しますから。・・・って三蔵が怒ってるのは日常茶飯事ですから、慣れちゃいましたけどね。」
「八戒・・・」
「着替えるまで向こうで待ってますから、一緒に戻りましょう。」
「八戒っ!!」
「すみません、・・・貴女が”痛い”と言ってくれたこと、本当に本当に嬉しかった。―――でもやっぱり僕は、誰も抱けやしないんです。
もしここで貴女を抱いてしまえば、三年前の罪を肯定して、妖怪になってからの自分を否定してしまう事になるから・・・。」
「自分を否定・・・って、何で・・・」



八戒はスッとの方を振り返り、こう告げた。





「貴女と僕の間にも、”永遠”が存在すれば良かったのに。」






また、だ。またこんなにも、こんなにも胸が痛む。



その言葉を最後に去って行った八戒の後ろ姿をただ見つめながら、はその痛みと共に別の何かも感じていた。

これはただ痛い、イタイ。ただそれだけじゃなくて。
どうしよう。こんな想い、今まで知りもしなかったのに。


優しいのに、悲しそうにそう告げて、微笑んだあの人の後ろ姿を。



こんなにも、こんなにも愛しく思えてしまうなんて―――――。






◆◆◆


が着替え終わり、二人はジープへ戻るべく、元来た道を引き返していた。その間二人が会話を交わすことはなく。


少しの前を歩いていた八戒は、ある事を考えていた。
いや、考えているというよりは頭から離れなかった―――と言う方が正しいだろうか。



彼女が無防備な姿を自分の前にさらけ出して、顔を赤らめた時によぎった事が、八戒の心の中で葛藤していた。
こんな事を考えるなんて、自分らしくないのかもしれない。

でも、思わずにはいられなかった。









”彼女ヲ抱イテシマエバ、コノ想イハ、罪ハ消セルノダロウカ―――――・・・・・。”




-Fin-


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あとがき


The☆中途半端に終わる。(Theは必要ねぇー/笑)


しかし、コレはコレで良いのです。
ラストのヒロインの、八戒に対する想いの、最初との差をどれだけ表現するかがこの話のテーマ的なモノでしたから。
”永遠”がテーマって事で、過去の贖罪や失ったモノへの四人のそれぞれの想いを総合的に考えると、やはりコレを
イメージしてかけるのは保父さんだけろうなーと思った、彼だから書ける、彼だから浮かんできたそんな話です。
しっかし・・・いつにも増して長い(苦笑)


↑で珍しくマジメに語りすぎたので小休憩(笑)
去年の年末に、仕事でホテルに5日間カンズメ状態になりざるを得なかった事がありましたが、コレはその時
PCに触れなくてたいがい禁断症状が酷かった時にガリガリとり付かれる様に書いていたモノです。
ホントにずっとPCに触れなくて飢えていて、その時に書いたものですのでヒロインがかなり危なくなってて当然です。(→威張んな/笑)
・・・いつになったら女らしいヒロインを、一行とのラブラブを書けるようになるのか・・・(遠い目)


んで♪BGMですが、最初はDo Asの”永遠”をイメージして書いてたんです。
”永遠なんて 期待はずれ 貴方は 笑顔が良く似合う人”って部分聴いたら”八戒じゃねーか!!”と勝手に思い込んで(笑)
が、温泉シーンのあたりから”何か方向違うくね??”と聴いてた音楽をZARDの”永遠”に変えました。
そしたらスラスラ書けたんですから・・・アラ不思議。(→貴様・・・/笑)

しかしこの曲、めっちゃめちゃ好きなのです。歌詞が・・・歌詞がたまらん!!!
何より結ばれない男女のせつなさが一気に伝わってくる。やっぱりZARDは何年経っても好きなようです私(笑)